少女伝道師・4

「碧が?」
 加奈子は小さく頷いて、何かを囁く。
「わかった。ここへ通してくれ」
 頷くと、加奈子嬢は部屋の外にいた、一人の少女を連れてきた。年齢は真純嬢と同じくらいかと思われる。
 ショートカットの髪が、「碧(みどり)」というその少女に、ボーイッシュというか、活動的な雰囲気を与えていた。彼女は加奈子嬢のようなタイプでもなく、瞳嬢や真純嬢のようなおとなしげなタイプでもなかった。ただ、大きな眼と小さめの鼻と口は共通した特徴であるようだ。
「どうした? 突然やってきて」
 加奈子嬢が出ていくと、Y氏は別段驚いた様子もなく、碧嬢に訊ねる。
「もう私とは逢わない  そう言って私の元を出ていったのは、お前の方だったな」
 Y氏の言葉に、碧嬢はやや俯き加減に、そして頬をわずかに染めながら、ためらいながら言葉を紡ぎだした。
「あ、あの……私……やっぱり  
「やっぱり? 何?」
 Y氏は、おそらく彼女の言いたいことを全てわかっているのだろう、実に楽しげな表情であるように感じられた。
「……あの、出来れば……」
 碧嬢は、私の方を横目で見て、言葉を濁す。
 しかしY氏は、一瞬「残酷な光」を見せて、微笑みながら首を振り、こう言った。
「彼は本日のメインゲストだ。用があるなら、お前が後にしなさい。でなければ、今ここで、手短に用件を言いなさい」
 碧嬢は、私とY氏を見比べて、意を決したように、口を開いた。
「……私、あの、私、やっぱり、あなたのことが忘れられないんです」
「それで?」
 Y氏は、碧嬢の、真っ赤になりながら必死に告白する姿を、微笑ましげに、それでいて「面白い見せ物」を見るような眼でじっと見つめていた。
  私、やっぱり離れられないんです……!」
 そこまで言うと、碧嬢は、唇を噛んで、涙を頬に伝わらせる。
「私、Yさんなしでは、もう生きていけない  
   それを聞いた私は、改めて驚愕せずにはいられなかった。
 この碧嬢に、そこまで言わせるのは、Y氏の「体質」なのだろうか、それともテクニックなのだろうか?
 Y氏が、碧嬢に手を差し伸べる。
 碧嬢は、涙顔に、救われた信心深い信者のような法悦の笑みを作り、彼の手をとり、その膝元へ跪いた。
「いい子だ。私のことを忘れずにいてくれたんだな」
 Y氏は、膝の上の碧嬢を、優しく撫でてやる。
 碧嬢は、涙を拭こうともせず、Y氏の手の中でおとなしくしている。
「しかし、お前は一度私を捨てた。私の元へ戻るのなら、二度と私の元から離れないという、証を見せてはくれないか」
 碧嬢が、顔を上げる。
「……証?」
「そう。証だ」
 Y氏が、碧嬢の目元を指先で拭い、問いかける。
「お前は、私に何を示してくれる?」
「私、何でもします。Yさんのためなら、何でもします」
 碧嬢の瞳は、私には「狂信者」のように映った。そこには、たった一つ、自分が信じるたった一つのものに対する、必死の忠誠と信頼が全て込められていた。Y氏に捨てられれば、彼女には、生も、「死」すら残されない  そんな風にも感じられた。
「あなたのためなら、何でもできます」
「そうか」
 不意に、Y氏は碧嬢の唇を奪った。
 碧嬢の身体が、一瞬跳ねる。
 その手が、緊張から、心と身体を満たしていく悦楽のために、弛緩していく。
 ゆっくり離れていく碧嬢の艶かしい表情は、瞳嬢とはまた違った官能を、私に感じさせた。心と身体全ての、本物のエクスタシーに達した女性の表情を、私はその時初めて目のあたりにしたのだ。
「私のためになら、死ぬことも出来るか? 私がそれを望み、それでお前を永遠に忘れないのなら、出来るか?」
 Y氏は、碧嬢を間近に問う。
「はい、死ねます」
 恍惚とした表情で、碧嬢は、何の躊躇いもなく答える。
 私は、さらなる驚愕と、もう一つ気付かされたことがあった。
 彼は、単なる「体質的ロリナンパ師」なのではなく、「年下の少女をターゲットとした教祖」ではないか、と。そうでなくては、この碧嬢のような、狂信的な信頼や忠誠など、得られるわけがない。もしくは、少女の心と身体を知り尽くした「調教師」だ。
「そうか。だが、お前を死なせるようなことは、私には出来ない。私のものである以上、お前は私の身体の一部も同じだ」
 撫でるY氏の手に、碧嬢は愛おしげに頬摺りする。
「代わりに、見せてくれないか。お前の決心を」
「はい、何なりと」
 碧嬢の眼は、その一瞬、狂信者というより、「忠誠を自ら誓った奴隷」のように感じられた。
 そう、Y氏は教祖であり、主人であり、そして彼女らの恋人でもあるのだ。
「では、私のお客をもてなしてはもらえないかな。私にいつもしていたように」
 Y氏は、私を見て、碧嬢に「命令」した。
 碧嬢は、躊躇いながら私を見て、そして答えた。
「……はい」
 Y氏は頷いて、碧嬢に囁く。
「私が見ていてやる。私の相手をしていると思って、しっかりやりなさい」
「はい」
 碧嬢は、私の足元に跪くと、小さく頭を下げる。
「失礼いたします」
 そして、私のベルトに手をかける。
 私が狼狽してそれを止めると、Y氏は笑って、
「私からのお土産ですよ。こうして私と話をする機会を持ったのも、何かの縁です。それに、碧を哀れに思うのなら、好きにさせてやっては頂けませんか」
 し、しかし、人前で、というのはどうも……
「それもそうですね。では、私も参加することにしましょう」
 Y氏は、碧嬢に少し待つように言うと、部屋を出る。
 すぐに彼は戻ってきたが、その時には、加奈子嬢、真純嬢、そして瞳嬢を伴っていた。
「碧」
 Y氏が一言「命令」すると、碧嬢は十分に躾けられた犬のように、無言でそれを実行した。
「さて  加奈子、お前から来なさい」
 私のズボンを碧嬢が下ろして、すでに怒張しているトランクスの中身を表に曝しているすぐ前で、加奈子嬢が、羞かしげにスカートを落とした。その隣では、瞳嬢が、真純嬢と濃厚な口づけを交わしている。
 しかし、私はそれらに見惚れている前に、私自身に「奉仕」している碧嬢に気を取られていた。
 彼女の小さな口唇が、私のそそり立つモノを吸い込んでいく。一瞬、篭もった汗の匂いが感じられるが、碧嬢はそれを気にした様子もなく、一気に咽喉の奥まで飲み込んでしまう。
 それは、「えも言われぬ快楽」であった。
 風俗取材で何度か体験したことがあるから、フェラチオは初めてではない。
 しかし、これはそのどれよりも、また、今まで体験したどの女性よりも強烈な、痺れるような快感をもたらしていた。
 私の最も敏感なアンテナを、蠢きながら包み込む滑る感触は、風俗嬢のそれと大差はない。しかし、そこから発生する、身体の筋肉が勝手に動きだすような恍惚感は、風俗のそれでは得られなかった類のものであった。
 彼女は、根本的に何か違う  それは、Y氏の「調教」の賜であろう。『私にいつもしていたように』と言っていたから、碧嬢に限らず、Y氏と付き合っていた少女たちは、この程度のことは誰でも出来るのであろう。
 碧嬢の指が、私の竿の根元、袋を玩ぶ。それが私を、一気に頂点へと押し上げていく。
 思わず、私は碧嬢の咽喉の奥へと放っていた。
 碧嬢は、それを予想していたかのように、易々と飲み込んでいく。
 「爆発した快感」と引き替えに、腰から力が抜けていく。まるで、碧嬢に精気を吸い取られていくようであった。
 しかし、それでも私の肉棒は、勢い衰えることを知らなかった。快楽の残滓は、確かに発射と絶頂を体験したことを示している。自分では動くのもだるく感じるほどに力が抜けているのに、私のモノだけは、そこだけ神経が切り離されて別系統になっているかのように、痛みすら返すほどに膨張し、鎌首をもたげている。
 その時、Y氏が、加奈子嬢の「調教済」アナルを指で広げ、そこへジュニアを押し入れていくのが目に入った。
 Y氏の体験談は嘘ではなかった。確かに、加奈子嬢の後門は十分に調教・拡張されており、今でもそれは変わっていない。指で引っ掛けられて広げられたアナルは、明らかにY氏のモノを受け入れる以上に拡張されていて、赤黒い皺がめくれあがっていた。彼女の手が入っていた、というのも、あれなら頷ける。
 加奈子嬢が、嬌声を上げてY氏を迎え入れる。一気に、Y氏は根元まで埋没する。
 調教され続けたアナルに対して、前は綺麗なものであった。薄い茂みの下、指一本で隠れそうなスリットがあり、普通なら体験回数に応じて肉襞がはみ出すように発達していくものだが、加奈子嬢のそれは、未だ処女であると言われても通用するように窺えた。
 その視界を遮るように、滑らかな肌色が現われる。
「そのままで  
 小ぶりな、それでいて「そそる」乳房が、私の前で揺れる。
 碧嬢は、私に跨がるように、天をつんざく凶器を、準備の完了した自らの肉裂へと導いていく。
「んっ……!」
 小さな声に続いて、口唇とはまた違ったぬめりと、熱く柔らかな圧迫感が、私の凶器を収めていく。
 同時に、私は再び快楽の渦に飲み込まれていった。碧嬢の膣へと、私自身が溶けて吸い込まれていくような感覚であった。緩やかに蠢く襞が、私の脳へ直接入り込んで、快感を与えているかのようであった。
「んっ、はうっ……!」
 私の竿を根元まで導くと、碧嬢は私にもたれかかってくる。彼女の肌はわずかに湿りを帯び、上気してやや桜色に染まっていた。
 思わず私は、彼女の首筋に吸い付いていた。何度も何度も、跡が残るほどにキスを重ねる。彼女もまた、私に応えるように、口唇を、舌を淫猥な音と共に絡ませる。
 やがて、碧嬢は私から身体を離して、肩に手を置いて、上下に動き始めた。
 始めはゆっくり、そして、段々と早くなっていく。出入を感じていただけが、やがて座っているソファを軋ませ、壊すのではないかと思われるほどの激しさになる。
 私は、すでに一度出しているにも関わらず、間もなく絶頂へのせり上がりを感じる。
 こ、このままでは出てしまう  
「大丈夫、ですから、このままっ……出してっ  !」
 碧嬢は、私の前で小さな胸を激しく揺さぶりながら、荒い息の下から応える。
 本当にいいのか?  考える間もなく、私の方が限界を迎える。
 腰の中央で、何かが弾ける。
 背筋を通り、脳を直撃し、髪の一本一本へと抜けていくような絶頂の波紋。
 放出感というより、それは「引きずりだされる」ようにも感じられた。
 最後の一滴まで、絞り尽くされるような極限の快楽。
 それを確認したのか、碧嬢の動きが止まる。
 彼女が私の上から離れると、その玉門から、ミルク色の粘液が滴り落ちた。
 それを確認したのか、Y氏が碧嬢に声をかける。
「いい娘だ、碧」
「は、い……ありがとうございます」
 脱力感に包まれた私の前、法悦の表情で、碧嬢は呟いた。br  その時、Y氏に抱かれた加奈子嬢のアナルから、碧嬢と同じように、白い粘液がこぼれているのが、私の目に入った。

 それから一時間後。
 私は茫然としながら、電車に乗っていた。
 あの後、私はすぐにY氏宅を辞去した。何か、危険な匂いを感じたからである。
 「また以前のような、底無しの欲望の泥沼にはまるかもしれないだろうからね」というY氏の言葉を、私は虚ろに思い出していた。
 すでにY氏も、傍にいた少女たちも、その泥沼から抜け出せる状態ではないのだろう。もし私がそれにはまったとしても、私には少女たちを引き寄せるような体質でもないし、そんなテクニックもない。十人並の顔では、ナンパも無理だ。
 そんな一般人の私が行き着く先は、「性犯罪者」である。今ここで、完全に泥沼が見えなくなるまで離れておかなければ、社会復帰出来なくなる  早々に逃げてきたのは、そんな妄想にも似た感覚に囚われたからであった。
 数日後、私はそれを元に数本の体験談を書き上げ、出版社の担当と逢った。
 それは体験談と言うより、インタビューに基づく事実であった。その一部分だけを取り出し、名前を替えただけであるから。
「中々いいですねえ。もしよろしければ、これからもお願いできますか」
 私は以後、その雑誌を皮切りに、その方面の雑誌で次々と連載を持つようになった。
 様々な仕事の中で少しづつ有名になってきた私は、体験コーナーをも担当するようになり、様々な女性とも交渉を持った。風俗嬢、女子大生、女子高生、人妻、AV嬢  
 しかし  その誰も、碧嬢を越える快楽をもたらしてはくれなかった。
 「最高の快楽」を、私はあの時体験してしまったのだろうか。
 その疑問を抱いたまま二年が経過して、私はもう一度Y氏に逢ってみようという気になった。直接逢うことでしか、その疑問は解消されないように思えたからである。
   が。
 訪れた氏の家は、今は売り家になっていた。不動産に問い合せたところ、一年前に売りに出された、ということであった。Y氏を紹介してくれた知り合いも、一年ほど前から連絡が取れなくなった、と言っていた。
 もしかしたら、と思って調べてみたが、過去の新聞にも、彼の名が載った事件はなかった。捕まったとかではなく、引っ越しただけなのだろう。
 私は、彼が官能小説家であったことを思い出し、出版社にあたってみたが、確実な情報は得られなかった。それらしい人物はいたが、一年ほど前に最後の作品を出して、それきり編集部とは、印税の件で電話連絡しか取っていない。その番号も、今ではもう使われていないという。
 私は仕事が忙しくなった事もあり、彼の追跡調査はそこで断念した。
 それから半年、それをすっかり失念していた、ある夏の日。
 私の元へ、海外から絵葉書が一枚、送られてきた。
 差出人は  Y氏であった。
 彼は今バリに住んでいて、日本人相手の観光ガイドをしているという。加奈子嬢・碧嬢は、彼についてバリに渡り、土産物店を開いているそうである。
 裏を返して、私は愕然とした後、思わず微笑みを浮かべていた。
 そこには、Y氏、加奈子嬢、真純嬢、瞳嬢、碧嬢、他面識のない数人の少女たちが、笑顔でそこに写っていた。彼女らも、加奈子嬢や碧嬢のように、とはいかないまでも、Y氏を追ってバリにまで行ったのだろう。
 私は、葉書をもう一度眺める。
 Y氏はよく読み取れなかったが、加奈子嬢の、そして他の少女たちの笑顔は、心底幸せそうに見えた。明るく、屈託のない笑顔には、二年半前の、あの時の翳りは微塵も感じられなかった。
 加奈子嬢の腕に小さな赤ん坊が抱かれていたことには、そこで気付いた。
 氏と加奈子嬢の間に生まれたのは、「奈津美」と名付けられた女の子であった。
 女の子と知って、私は一瞬、この子の未来を心配しないではなかった。
 しかし、Y氏の、わずかに照れたように感じられる笑みを見て、それを妄想として片付けることにした。
 私は、しばし葉書を眺めて、微笑ましい気分のまま、それを引き出しにしまいこんだ。
 仕事の続きをするべく、ノートパソコンに向かいながら、ふと考える。
 この仕事が一段落したら、バリに骨休みにでも行こうか  







−少女伝道師−



−完−






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