宇王伝
序
1
2
3 4 5 結
1.悦楽の館
「今日から一ヵ月、お前には俺の命令に従ってもらう。お前は奴隷なのだからな」
試合の翌日。
覇王の館はペルフェウスの部屋で、その主の前に、首輪を付けられた明日香が立っている。白のタンクトップ、黒いレザーのミニタイトスカート、そこから引き締まった双脚が伸びる。しかし、明日香の身体は、武術家ならあるはずの際立って発達した筋肉はあまり窺えない。筋肉質ではあるが、その力の源は〈宇〉と技術であり、筋肉を必要以上につけることはしていない。元より、宇道は武術ではないのだから。
明日香の眼はペルフェウスを睨めつけていたが、当の本人は全く意に介していない。
「どんな命令でも聞かなければならない。死ね、という命令以外はな。そういう約束だったはずだ」
ペルフェウスは笑みを浮かべて明日香を見る。
「睨むぐらいは許すが、口や反抗的な態度で示せば、力ずくで従わせる。そのための首輪だ」
明日香の首に填められた、一見金の飾りのように見える細い首輪は「ネックレス(首なし)」というマジックリングで、コマンドで締め付ける事が出来、人の首など簡単に落とせるという。
「まあ、その前にワインでもどうだ」
と、ペルフェウスが差し出したのは、ワイングラス。そこへ、テーブルの上にあった深紅のワインが、ペルフェウスの手で注がれる。
訝しむ明日香、そしてそれを嗤うペルフェウス。
「毒や妙な薬などは入れていない。私がつい今し方まで口にしていたものと、同じボトルからのものだ」
ペルフェウスは、もう一つのグラスに同じボトルからワインを注ぎ、自ら口にする。
「もっとも、何か薬を仕込んだところで、お前は飲まざるをえないのだがな」
わずかに眉を顰めて、明日香はグラスを受け取る。
「高価な酒だ。味わって飲むがいい」
こんな時にワインの味など味わっていられるものか そう思いながらも、明日香はグラスの液体を舌の上に落としていく。口腔内に広がる風味と、鼻腔の奥を堪能させる香りは、まさしく熟成の極みの逸品である。
「味はどうかな もう一杯、どうだ?」
明日香は、この行為に何か意味があるのか図りかねながら、ペルフェウスの勧めるままに、ワインを賞味する。
アルコールには弱くはない明日香は、やがて二人でワインを一壜空にする。その半分以上を明日香が飲んでいた。
「さて、それでは散歩に付き合ってもらおうか」
今度は何だろう ペルフェウスが何を考えているのかあれこれ想像しながら、やや微酔の明日香は、ペルフェウスについて館を出る。
館は、町を一望できる小高い丘にある。町の中央には、最大の財源である覇王会のための武闘場があり、そこを中心に新市街地が南側に広がっている。
しばらく歩いて市街地に入ると、二人に道行く人々が視線を向ける。尊敬、羨望、哀れみ、そして好奇の目を二人に、特に明日香に向ける。
その視線に気付いた明日香は、その意味するところを薄々感じてはいた。これから一ヵ月、明日香が奴隷として奉仕しなければならないことは、誰もが知っている。
そう、これは「お披露目」なのだ そう明日香が知ったとき。
出る前に飲んだワインのせいだろう。明日香は、尿意を覚える。
ペルフェウスはそれに気付いた様子もなく、ポケットに手を入れて、悠然と街を行く。
が、明日香は、段々と強くなってくる尿意を、いつまで我慢できるかわからなかった。早く帰ってよ 明日香は、ペルフェウスの後ろ姿に念じる。
明日香は、だんだんと限界に近付いていく。歩くのも、徐々に辛くなってくる。
と、遅れている明日香に、ペルフェウスが気付いた。
「どうした?」
「……あの……ちょっとお手洗い行ってきます」
明日香が周りを見回して、目に付いた雑貨屋で手洗いを借りようと、そちらに足を向けたとき。
「そんな勝手は許さん」
ペルフェウスが、明日香の腕を掴んだ。
彼の口元には、わずかに笑みが浮かんでいる。
その時、明日香は知った。
あのワインの意味を。
「トイレに行きたいのなら、館に行くがいい。街の者に迷惑をかけるな」
「……そんな……」
明日香の下腹部に、重い圧迫感が増していく。ここから館までは、走っても十分近くかかろう。
「館に帰るまで我慢するんだな」
そう言うと、ペルフェウスは明日香の首輪に指を引っ掛けた。
そして、無造作に明日香を地面に引き倒した。
その衝撃は、明日香の我慢の壁を叩き壊すのには、十分な衝撃であった。
「 !!」
明日香の中で、緊張が消失する。
腿を流れる温かな液体が、独特の臭気と共に、地面に染みを広げていく。
「あっ、や、だめ 」
スカートの上から押さえる手も、何の役にも立たない。
完全に膀胱が空になるまで、明日香の失禁は止まらなかった。
周囲で遠巻きに見ている人々の表情には、同情と好奇とが入り混じっている。
公衆の面前での失禁は、明日香にとっては非常な屈辱であった。それ以上に、人々の視線が、羞恥を激しくあおった。
尿意の消失と共に、涙が止まらなくなる。
恥ずかしい。一瞬足りとも、この場にいたくない。
それなのに、脚が動かない。立ち上がることも出来ない。
屈辱に打ち拉がれる明日香を、ペルフェウスは冷ややかに見下ろしている。
「立て」
無限とも思える時間を経たように思えた頃、ペルフェウスの命令が明日香の耳に届く。
その言葉に力を得たように、よろめきながら、明日香はのろのろと立ち上がる。
「帰るぞ」
大通りを、ペルフェウスは館へと歩いていく。
明日香はその後を、恥辱と尿臭を纏いながら歩いていった。
大理石造りの、覇王専用の広大な浴場の更衣室、明日香はペルフェウスの手で、一糸纏わぬ姿にされる。先程の恥辱に比べれば些細なことなのか、明日香は抗う素振りも見せない。
「どうだ? 公衆の面前で失禁した気分は」
ペルフェウスの言葉に、明日香は唇を噛む。思い出しただけで赤面し、涙が滲む。
人々の、密やかな嘲笑と蔑視を、明日香は忘れはしないだろう。
「俺がきれいにしてやる」
自分も無造作に服を脱ぎ捨て、明日香を押すように、ペルフェウスは浴場へと入る。
どこかの高級ホテルもかくや、と思われる、広々とした石造りの大浴場。獅子の口から湯が流れだし、凝ったレリーフが壁を飾る。奥の壁はガラス張りにしてあるため、市街地と広がる森林を見下ろすことが出来る。
が、明日香にはそれを愉しむ心境になかった。まだ屈辱の日々は始まったばかりだというのに、すでに明日香の心は打ちのめされかかっている。
「明日香」
耳元で囁かれた自分の名に、明日香は我に返る。
背後から自分を抱き締める、逞しい腕。肌から伝わる温かさ、その腕の力強い、それでいて優しい抱擁 ついさっきまでの、冷酷な男とは思えなかった。
「 こうして、おまえを俺のものに出来る日を、ずっと待っていた」
先ほどまでとはうって変わった優しい声に、明日香は動きを止める。
「門下生だった頃の話だ」
ペルフェウスは、囁くように話し始める。
「俺は、お前との結婚を認めてもらうため、総帥にその話をした。が、総帥は認めなかった。俺がまだ弱いから、という理由で、だ。だから、俺は覇王会で勝って、それを証明した。
ところがどうだ、そうやって強さを示したというのに、総帥は俺を破門にした」
「あなたが宇道の掟を破ったからよ」
「不交他門」の掟は、宇道に限ったことではない。数ある武術流派の多くは、むやみに他流派と闘うことを良しとしない。その主な理由は、他流派に技術を盗まれないためである。闘えば、技を見せることになるからである。
が、実際のところ、それは表向きの理由にすぎない。名前だけで、実戦性のない古い技術を限られた人間に教えて、他流派と、いや、誰とも闘わない流派は多い。闘うことの無意味さと危険性を誇張して闘わないのは、どの流派にも多かれ少なかれある傾向である。
が、その中でも宇道は、技の危険性を最たる理由にしてきた。
確かに、気功武術である宇道は、破壊力・殺傷力の面で他の武術とはレベルが違う。鍛練の過程で、誰もが岩を素手で叩き壊し、人の胴ほどの木を蹴り折るまでになる。それは事実に裏打ちされた危険性であり、ペルフェウスもその力は十分に知っていた。
が、武術であるからには、闘って強さを証明できなければならない。「木や岩は打ち返しては来ない」 そう考えていたペルフェウスは、闘って勝てなければ武術としての意味がない、と掟を破って覇王会に出場した。そして、宇道の実力は証明されたのである。
だが、リュウスイの考えは違っていた。宇道とは「宇宙と一体となる方法」であり、闘う方法ではない。また、宇道の力を身を以て知っている以上、不必要に闘うことはしない 平和な世における、それが武術の在り方であると、リュウスイは説いていた。
しかし、その結果はどうか? 闘わない強さを説いたリュウスイは死に、ペルフェウスは闘って勝利し、覇王となった。如何に精神論を説こうとも、結果が全てを示している。
ペルフェウスは、その勝利で結論を出した。
闘って、勝った者だけが正しいのだと。
「掟など、自分の弱さを隠すための言い訳だ」
ペルフェウスの腕に、わずかに力がこもる。
「俺が掟を破ったことを理由に、お前の兄も俺に挑んできた。そして、掟を最も重要であると考えていた総帥自身もな。それはどういうことだ?」
明日香は答えない。いや、答えられない。
ペルフェウスの言い分はもっともである。掟を破ったことが宇道の方針に反するというのなら、なぜキョウトはペルフェウスに闘いを挑んだのか? なぜ、リュウスイは自ら、守るべき掟を破ってまで闘いを挑んだのか?
「お前を守るためさ」
明日香の眉が顰められる。
同時にペルフェウスの手が、明日香の胸を優しく包み込む。そして、その柔らかさを確かめるように、指が蠢く。
「俺に覇王会に出るよう言ったのは、他ならぬリュウスイ自身だ。もちろん、公にではないがな」
「 そんな」
明日香はペルフェウスの腕から逃れ、自分の知らない事実を話そうとしているその男を睨めつける。
「嘘よ! 父様が、そんなことを言う訳がない!」
「信じる信じないはお前の勝手だが、事実は変えようがない」
ペルフェウスは、笑みを浮かべて言葉を継ぐ。
「俺は、言われたとおり、覇王会に出場した。もちろん、これに優勝して強さを示し、お前との結婚を許してもらうためだ」
「そんな勝手なこと言わないで! あたしの知らないところで、勝手に結婚の話なんか進めて 」
「覇王会に俺を出場させたのは」
ペルフェウスが、激発しそうな明日香の言葉を遮る。
「お前との結婚を許すつもりがなかったからだろうよ」
その言葉に、明日香は動きを止めた。
「だから、俺が自分の意志で覇王会に出場するように仕向けた。そして、大会で俺が負ければ、宇道の名誉を汚し、掟を破ったということで大っぴらに排除できたはずだった」
含み笑いと共にペルフェウスは、困惑の表情の明日香を面白そうに見る。
「だが、俺は勝った。優勝して、最強の男・覇王の称号も手に入れた。それはつまり、宇道の強さを証明したことになる。名誉は守られたが、しかしそれでも、掟を破ったことにして、俺を排除するはずだった。
だが、そこでどうしてキョウトの奴が送り込まれてきたか、知っているか?」
明日香は、ペルフェウスの表情からその答えを読み取ろうとしたが、失敗に終わった。
「俺が、総帥の出した条件を満たして、お前を迎えにいくと連絡したからだ。そうしたらどうだ、その返事は、もう一度その座を守り通してみせろ、そうすればその強さが本物であると認めよう 元よりそういうことだったらしい。
俺は、その時知った。総帥は、俺にお前を渡すつもりはなかったんだとな。
そして次の大会で、キョウトが出場していた。結果は、お前も知っての通りだ」
「嘘 」
言葉が終わった瞬間、ペルフェウスは、明日香の目の前に迫っていた。
その平手が、明日香を湯槽の中へと打ち落とした。
「一番弟子でもあるキョウトによる俺の抹殺に失敗したリュウスイは、自ら出張ってきたという訳だ。そこまでしてお前を渡したくなかったのは、どうしてだ?」
湯から顔を上げた明日香に、ペルフェウスは問う。
が、明日香は息を継ぐのが精一杯で、答える余裕などない。
咳き込む明日香の前に、ペルフェウスが来る。
「お前が、宇道の全てを継ぐ存在だからだ」
ペルフェウスは明日香の髪を掴み、顔を自分の前に持ってくる。
「お前も、すでに宇道の全てを伝承されているはずだ。だが、俺には到達できない境地にお前なら行き着くことが出来る リュウスイはそう言っていた」
ペルフェウスの瞳の中に、明日香は複雑な感情の入り混じった光を見ていた。ただ、その奥にある真のペルフェウス自身に行き着くことは出来なかったが。
「お前も、宇道の全てを受け継いでいるんだ。そして、全てを極めることが出来る。だから渡せなかった。
だが、もうそのリュウスイもこの世にはいない。お前も、俺との闘いに敗れた。そして今は、俺の奴隷だ」
ペルフェウスはそう言うと、明日香を離した。
その手が、無造作に明日香の胸を掴む。
「!」
無意識に、明日香はその手を跳ね除け、湯の中を数歩下がる。
「……ほう、逆らうのか?」
ペルフェウスは、面白い、と言わんばかりに右手を構える。
「お前は試合で俺に敗れている。それを忘れてはいまい?」
ペルフェウスは、腰まで湯に浸りながら、僅かに横に移動する。
無意識に、明日香が構える。
「無駄だよ」
ペルフェウスが、明日香の構えた左手を捕える。一瞬にして二メートルあまりを移動したその動きは、下半身を水の中に浸している人間のものではない。
そして明日香は、一瞬で左腕を極められ、取り押さえられる。
「確かにお前は、宇道の全てを受け継いでいるのかもしれない。だが、今はそれを極めたとは到底言えない」
明日香は、そのまま湯槽の端に押さえ付けられる。
「言うことを聞かない悪い娘には、お仕置きが必要だな」
「いや 」
明日香の抵抗は、ペルフェウスの前では何の力にもならなかった。
冷たい大理石が、明日香の身体から熱を奪う。
しかし、感情の高ぶりは、身体が冷やされることで一層激しさを増したようであった。
「離して! 離してよ! あんたみたいな人殺しに 」
「人殺しに? 何だ?」
ペルフェウスが、明日香の頭を押さえ付けて、その隣で囁く。
「宇道なんてのは理想だ。宇宙と一体化するためにの武術? 笑わせるな」
ペルフェウスの指が、不意に明日香の尻をまさぐる。
「……!」
不快感に明日香は身体を捩るが、ペルフェウスに押さえ付けられる形になり、逃げようにも逃げられない。
「武術は、人を殺すためにある」
ペルフェウスの指が、陰裂に無理矢理押し込まれる。
電気のような痛みに、明日香が身体を反らす。
「宇道という思想を実践するだけなら、武術という方法など必要なかろう? なのに、なぜ宇道は武術として伝えられている? 思想云々を説くだけなら、武術は必要ない。なのに、なぜリュウスイは武術を伝承した? なぜ、おまえやキョウトにそれを伝えた?」
明日香は、すでにその言葉を聞いてはいない。
それ以上に、自分の尻に押しつけられた、熱くたぎる「凶器」に恐怖していたのだ。
「闘うためだ。殺すためだ。それによって、支配するためだ」
もがく明日香の両手を背中に押さえて、ペルフェウスがその上にのしかかる。
「こうやって、力ずくでな」
「や、だ、離して !!」
明日香が、最後の抵抗を試みる。
「わからん奴だ」
ペルフェウスの指先が、明日香の背筋を、首から下りてくる。ちょうど肩甲骨の間で指は止まる。
明日香は、自分の身体に、その一点から「熱」が身体に打ち込まれたような気がした。
熱さは背筋を上下に流れていき、頭と、そして「臍下丹田」 腰の中央あたりで爆発的に広がった。
「……!!」
「効くだろう? 《宇》にはこういう使い方もある」
一瞬身体を仰け反らせるほどに反応した明日香を、ペルフェウスは面白そうに見下ろしている。
明日香の身体を、熱感が支配していく。しかし、それは本物の熱ではない。やがて、その熱は正体を現し、明日香の身体を苛み始めていく。
「……ッくっ……!」
明日香の身体に、むず痒いような、気持ちの悪い感触が疾る。それはやがて、微妙な快楽に置き換えられ、徐々に明日香の全身を支配していく。
「おまえの心が拒否するなら、まず身体から開かせる」
ペルフェウスは、明日香を離して、その隣で彼女が「快楽」と闘う姿を眺めることにする。
「いつまで耐えられるかな 薬と違って、《宇》は速効性で副作用もない。しかし、極めて中毒性の高い、純粋な快楽をもたらす。お前はこんな使い方は教わりはしなかったはずだ、解き方も簡単にはわからないだろう もっとも、わかるころにはお前の方が先に堕ちているだろうがな」
が、明日香には、すでにペルフェウスの声など届いてはいなかった。
明日香は、身体に侵入してきた〈宇〉と、まず闘わなければならなかったから。
それは、意志力と快楽の綱引きであった。一瞬ごとに確実に強くなっていく快楽を、意志力が現実に引き戻す。
しかし、純粋な肉体の悦楽は、いとも簡単に明日香の意志を貫き、破砕した。
肉体の苦痛に対しては、純粋な〈宇〉に対する抵抗では、宇道の伝承者である明日香も十分な抵抗が可能であった。
しかし。彼女には、いや、普通の人間なら、「強烈な快楽に対する抵抗」など思いもよらないものであった。目に見える武力、感じられる苦痛は、意志で耐えることが出来る。それらは、戦争、そして個人の戦いでも感じられる。それらは命に直結する感覚である。ゆえに、それに耐え得る人間は比較的多い。
が、快楽とは何か。人が平和の中で、安定の中で、欲望を満たして得られる感覚や感情である。人によっては、戦いに勝つことで得ることもあろう。動乱の中で伸し上がって、それを感じる者もいよう。それがどのような状況で得られるにしろ、人はそれが「得難いものである」からこそ、自ら求める。
そう、苦痛は望まずともやってくるが、快楽は望んで、努力して、苦難の末に手に入るもの。人はそれを、一生のうちのわずかな時間でしか感じることは出来ない。
人を最も堕落させるのは、わずかな努力、または何もせずに与えられる快楽である。戦場では、「安易な勝利は軍を弱体化させる」という言葉があるように、安易に得られる快楽は、容易に人を堕落させる。それが具体化すると、酒であり、美食であり、かしづく美男美女であったりする。
そして、中でも「性的な快楽」は、人間の「種の保存」という本能に直結したもので、生存に次いで強烈な本能である。それを加速させるために、人間の身体は、極めて性的刺激による快楽に弱い。ましてやそれが、「純粋な内的感覚による刺激」であった場合、どうなるか?
「愛する男(女)」との行為は、確かに快楽を生む。しかしそれは、肉体的・物理的快楽だけではない。「互いを愛している」という感情が、それを何倍にも増幅している。単純に肉体だけの快楽を得ようとした場合、精神状態によっては快楽が通常より減少することすらある。
ゆえに、肉体の快楽のみを追求する者は、精神状態を、より快楽を得やすい状態に持っていく。それを補助するのが酒であり、薬であり、絶対的な権力であり、完全なる服従である。また、五感から一切の苦痛を排除したとき、そこには無感覚、もしくは快楽しか存在しない。
が、〈宇〉による肉体の刺激は、精神状態による変動など完全に無視し得る誤差と出来るほど、強烈な肉体的快楽を発生させる。その操作には経絡に関する高度な知識、高度な〈宇〉の力が要求される。その快感は、並みの人間なら一瞬で失禁して失神するほどのもの。そして、それを一度刷り込まれた人間は、「快楽中毒」とでも言うべき状態に陥り、重ねて快楽を与え続ければ、精神的に完全に崩壊する。
「ひあ、あぁああああああぁぁぁ 」
痙攣したように、明日香の身体が床で跳ねる。その表情からは、悦楽を遥かに通り越した、限りなく苦痛に近い強烈な快楽に支配されていることが見てとれた。
ペルフェウスは、発作のようにのたうち回る明日香を、湯に浸かりながら眺めている。
これをしばらく続ければ、明日香はまず精神的に崩壊する。
しかし、それはペルフェウスの望むところではない。
本人の意志で、自分に従わせてこそ、初めて明日香の服従は意味を持つのである。
やがて、失神したのか、明日香は動かなくなった。
立ち上る〈気〉が小さくなっているのを感じて、死んではいないことを知る。
徐にペルフェウスは立ち上がると、明日香の胸の中央に、もう一度〈宇〉を入れる。
明日香の身体が一瞬震え、大きな吸気と共に生気を取り戻す。喘息の発作のように小刻みな呼吸を数度繰り返し、やがてそれが通常の呼吸へと変わっていく。
「どうだ? 今の気分は」
ペルフェウスは、眼の焦点の定まらない明日香を抱き上げると、赤ん坊のように、静かに湯に浸す。
上気し、疲れ切った明日香の表情は、えも言われぬ艶を醸し出している。
静かに、ペルフェウスが明日香の口唇を奪う。
明日香が、それに無意識に反応する。
ペルフェウスの唇を舐め、舌を挿し入れてくる。
たった一度の〈宇解〉で、明日香は快楽に対する抵抗力をなくしてしまったのである。
「いい娘だ……正気に戻ったとき、お前がどう反応するか、楽しみだ」
明日香の虚ろな笑みを抱いて、ペルフェウスは嗤った。
次に明日香が気付いたとき、彼女はベッドの上にいる、一糸纏わぬ自分を発見する。
その脇で、ペルフェウスが微笑んで自分を見下ろしているのを。
「明日香……これからお前を、俺のものにする」
その言葉の意味を認識するのに、明日香は十数秒を要した。
思考力が低下している と感じることも出来ないほど、明日香は得体の知れない浮遊感に包まれていた。全身が綿で覆われたような、それで水の上に浮いているような、そんな感じであった。熱にうなされながら歩いていると、ちょうどこのような感覚であろう。
が、そんな鈍重な感覚も、ペルフェウスが触れた瞬間、その部分から脳への最短距離を通って、最大最高の刺激を伝達した。
「ひゃうっ!」
明日香の身体が一瞬反り返る。電気ショックでも受けたように、一瞬ではあったが、強烈な反応であった。
「効くだろう?」
ペルフェウスが、胸の稜線に沿って指を滑らせる。
「はかぁっ……!」
ペルフェウスが触れるたびに、明日香は破傷風の発作のような、痙攣にも似た反応を繰り返す。
しかしそれは苦痛ではなく、強烈な快楽であった。
ペルフェウスが触れるたびに、全身へ波紋のように広がる絶頂。
指先で触れていくだけで、乳首は破裂しそうに勃起し、陰裂から透明な粘液が何度も吹き出す。
「さて、壊れてしまっては元も子もないからな……」
次にペルフェウスが触れた瞬間、明日香の全身に正常な感覚が戻ってくる。空気に触れて、身体が冷えていくのがわかる。極度の緊張で、痛みを伴うほどに全身の筋肉が疲労している。乳首の痛みが、徐々に引いていく。脚を合わせると、ぬめる感触がある。だが、そこにはまだ、快楽の残滓があった。脳に直接突き立てられた数万の快楽の針が、一本ずつ抜かれていくように、エクスタシーのなだらかな峠を、明日香はゆっくり歩いて下りていた。
それは絶頂の残りがいつまでも残っているようなもの、今は何をされても苦痛など生じるはずもない。
明日香の目の前で、ペルフェウスが自分の脚を肩に担ぎ上げ、誰の眼にも触れたことのなかった秘密の花園を蹂躙し始めても、それを苦痛とは感じなかった。
「ああ、明日香 明日香……もう離さない」
明日香の処女を散らした凶棒は、深紅の装飾を得て、更なる快楽を得んと、突き上げを開始する。尻肉の上を彩る紅は、やがてシーツを彩り、薄められていく。
その行為が生み出す苦痛も快楽も、〈宇〉のもたらす純粋かつ高密度の快楽には及ばなかった。乳首を噛まれる痛みも、散らされた処女を踏み躙る激しく単調な動きも、快楽の残滓を越えるものではなかった。
「ッ……!」
ペルフェウスの動きが止まる。
明日香の胎内の最も深い部分へ、ペルフェウスの最大の欲望と、支配の烙印が液体の形で注ぎ込まれる。何度も、何度も確かめるように、ペルフェウスは最深部に放出を繰り返す。
しかし、その行為にも、明日香はまだ心も身体も動かされてはいなかった。
「明日香……一生俺を忘れられなくしてやるよ」
ペルフェウスの手が、胸の間から下へ降りて、薄めの茂みの上に到達する。
〈宇〉が、再びその指先に集中する。
「俺なしでは、生きていけなくしてやる」
光を放つほどに集約された〈宇〉が、明日香の丹田に直接打ち込まれる。
「ッッ!」
声にならない叫びを上げて、明日香が仰け反る。「悦楽の槍」が、身体の中心を串刺しにして貫いたかのように。
抜かずに、まだ硬さを保っていたペルフェウスの凶棒が、明日香に反撃されるかのように強烈に締め付けられる。
「そうだ、そうでなくてはな」
ペルフェウスの「槍」が、再び明日香を貫き始める。
「あ、ふぁ、あああ 」
先程と違うのは、明日香がそれに反応して、ペルフェウスにしがみついてくるようになったことであろう。
「いい子だ、明日香 もっと動いてごらん」
囁くペルフェウスの言葉を、明日香は聞いてはいなかった。
ただ、動けばより気持ち良くなる それだけしか、彼女にはわからなかった。
その日から、明日香の恥辱の日々は始まった。
正気を取り戻し、自分の行為を思い出すだけでも屈辱的であった明日香に追い打ちをかけるように、ペルフェウスの命令は容赦がなかった。
明日香は一切の着衣を許されず、常に首輪を付けられ、その紐の先はペルフェウスが握っていた。
明日香の日課は、昼前の散歩から始まる。
全裸のまま、町中をペルフェウスに連れられて歩く。町の人々の視線を全身に受けながら、羞恥と屈辱に涙しながら、半時ほどの時間を過ごす。
食事は三度与えられるが、手を使うことは許されない。ペルフェウスの足元で、犬猫のように四つん這いで、口だけで食べなければならない。
排便は必ず、ペルフェウスの前でなければならない。排便の様子が全て見えるように、彼に示しながら、である。
午後、ペルフェウスが訓練に出るときにも、明日香は必ず同行させられた。その途中に尿意をもよおそうとも、そのまま垂れ流すしかなかった。
そして夜には、〈宇〉の洗礼が待っている。如何に強靭な意志力を持とうとも、いかなる麻薬でも得られない、純粋かつ強烈な快楽。毎日続けられるそれは、明日香の肉体と精神の防御壁を易々と越え、押し流す津波となって侵入してきた。同時にペルフェウスとの交わりは、それを条件反射として確実に刷り込んでいった。
壁がなくなると、明日香は容易にそれに溺れた。しかし、朝には全ての記憶を残したまま、全ての快楽が肉体より消え去っている。身体が覚えていなくとも、心がそれを欲しているようになった。理性では拒んでいても、常に頭のどこかで、明日香はペルフェウスの〈宇〉の洗礼を待ち望むようになっていた。
もちろん、それは〈宇〉によるものだけではない。肉体的にも、明日香は徹底的に責め立てられ、調教されていた。右の乳首には服従の証のピアスが打たれ、普通の性交だけでなく、口でも、肛門でも奉仕できるよう、毎日責められ慣らされていた。縛りや鞭打ち・木馬責めによる、苦痛の快楽への刷り替えも同時に行なわれた。
それでいて、明日香が完全にペルフェウスの精神的な奴隷に成り下がらなかったのは、そうなる前に、期限である一ヵ月が経過してしまったからである。あと三日これが続けられていれば、明日香はもう二度と武術家として、いや人間として立ち直れなかったかもしれない。
「来年また俺に挑むのもよかろう。それとも、ここに俺の奴隷として留まるか?」
ペルフェウスは、明日香から全ての戒めを解いて、そう訊ねる。
明日香はその非常に強烈な誘惑に何とか勝利を収め、メイ・キングを出ることにした。
館を出ていく自分を見送るあの男を、まだ宇道総帥である自分が、倒さねばならないから。
その後はどうする?
わからない。宇道総帥である自分が役目を果たし終えたら、一人の女である自分はどうするのだろう?
明日香は、そこで考えるのをやめた。
今はわからなくとも、その時になれば、自然とわかるだろうから。
それに、今はしなくてはならないことがあるから。
序
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(C)Nighthawk 1999