クリーム色の戦場

序章 5 終章

   3.第一軍時代・台頭

 二年が経過した。
 あの事件以来、さしたる障害もなく、クリームは軍事学校を卒業し、軍に正式に配属
となった。
 クリームの配属は、東部第一軍の参謀本部。サスティナは首都防衛の第三軍、ベロニ
カは同じく首都の第五軍、マーニャは西部第二軍への配属となった。
「元気でね。手紙、書くわ」
 別れ際に、クリームは涙顔のマーニャに微笑んだ。
「クリーム……」
「がんばんなさい。お父さんを振り向かせるんでしょ?」
 マーニャは、涙を拭って、大きく頷いた。
「がんばれ、マーニャ」
 クリームは、親友を抱き締めて、そう囁いた。
「がんばれ、クリーム」
 マーニャもまた、親友を抱き締めて応えた。


 クリームは、同じく第一軍へと配属になった同級生たちと、ログBの第一軍本部へと
着任の挨拶に出向いた。
「本日付をもちまして、東部方面軍第一軍参謀本部勤務を命じられました、クリーム・
ガノブレード少尉であります」
 一部の隙もない服装と、非の打ち所のない挨拶で、クリームは着任を報告する。
「うむ、ご苦労」
 第一軍司令官であるレリューコフ・バーコフ将軍が、頷いて応える。
「明日、ここで正式な辞令を渡す。本日は、宿舎で待機していたまえ」
 敬礼して、配属になった新士官たちは、部屋を出ていく。
「ガノブレード少尉」
 レリューコフが、クリームを呼び止める。
「はい」
 レリューコフの前に一人残って、直立不動でクリームは応える。
「まあ、座りなさい。上官と部下ではなく、親友の孫として、話をしたいと思ってな」
 レリューコフは、軍人としてではなく、一人の人間としての顔になって、クリームに
ソファを勧める。
「……失礼いたします」
 レリューコフは、高級軍人としてはただ一人、バルジの葬式に列席してくれた人物で
あった。それは、クリームもよく覚えている。
「祖父の葬儀にご出席戴いたことを覚えています。ありがとうございました」
「大事な親友の葬儀に出席しないわけにはいかなかった。父上の件さえなければ、君も
もう少し……いや、済まない。こんなことを言うつもりはなかったのだがな」
「いえ。父の件は事実ですから」
 クリームは、気にした様子もなく、きっぱりと言い切る。
「それを承知の上で、私は軍に入ったのです。エレゲン・ガノブレードという不名誉な
名を、私の中から払拭するために」
「……そうか」
 レリューコフは、孫を見るような眼でクリームを見る。レリューコフには、クリーム
よりもう少し年上の一人娘・アミランがいる。歳からすれば孫と言ってもよいぐらいで
あるから、レリューコフには、クリームとアミランが重なって見えた。
「男女差別など、不公平な点があったら、遠慮なく言うといい。出来るかぎりの対処を
しよう」
「ありがとうございます」
 レリューコフには、クリームの一直線な瞳が、微笑ましくもあり、また悲しくもあっ
た。ヘルマンに生まれてさえこなければ、もう少し別の生き方も出来たろうに――そう
考えて、今のクリームにそれを話したら、笑われるか、嫌な顔をされるだけだろうな、
と考え、わずかに自嘲の笑みを浮かべるだけに留めた。
「クリーム」
 レリューコフの部屋を辞したクリームを、背後から馴々しく呼ぶ男の声。
 クラウストの関係者だろうか、と一瞬不吉に思ったクリームであったが、振り返り、
その考えは一瞬で反転された。
「――バインド先輩」
 二年ぶりの再会であった。
 バインド・アルンヘイムは今、ここ第一軍は第二突撃兵団指揮官の地位を得ていた。
剣の腕、采配、情況判断力、どれにおいても優秀であったバインドは、いずれ功績を上
げれば将軍の地位も確実であろう、と評判も高かった。後に聞いたところでは、レリュ
ーコフ将軍の評も芳しく、部下の信頼も篤いバインドは、未来の第一軍将軍と噂されて
いた。
「君も大変だったようだな。クラウストの一件は、ここにも伝わってきたよ。去年来た
後輩から、君の噂も聞いている」
 宿舎のカフェでくつろぎながら、バインドは、軍人としての貫禄を備えつつある目の
前の後輩を、複雑な感情で見ていた。
「冷酷、残忍、執念深い女――とでも?」
 クリームの応えは、バインドには皮肉に聞こえたらしい。
「違うよ。俺の後輩には、クラウストのような奴はいない――はずだ。少なくとも、性
別や外見で相手を判断するような事はするな、と教えてはいたから、君に対しても、お
そらくは正当な評価を下している。まあ、その中には冷徹、というやつはあったがね」
 と、バインドは苦笑。
「ただ、その一件に関しては、俺たちも事実を知っているわけじゃない。しかし、クラ
ウストとその一党が一度に全滅したとなれば、その手腕はそれだけでも見事だ、とは思
う」
「私は、挑まれたから応戦しただけです。軍人なら、指揮官なら、戦で反撃可能なら、
しない手はないでしょう?」
 クリームの眼は、臆するでも後悔するでもなく、平常となんら変わらない。それは、
持って生まれた「戦術眼」とでもいうのだろうか。
「……ま、済んだことを言ってもしょうがない。クラウストとは二度と逢うこともない
しな。後は、自力で掴んだ未来を、切り開いていくだけだ」
 クリームは、そこで初めて、微かに微笑んでみせた。
 それは、バインドに対するものではなく、自分の力で切り開いていける未来に対して
のものであった。
「そうですね。せっかく掴んだチャンスですから」
 クリームは薄いコーヒーを一口含む。
 バインドは、この話しにくい後輩を、微笑ましさの混じった苦笑で見つめていた。


 その日、レリューコフ将軍の元へ、一通の命令書が届けられた。
 バラオ山脈の国境付近で、リーザス軍が蠢動している。その動きを確認し、同時に国
境線を確保し、リーザス軍を駆逐せよ。同時に可能なかぎり、国境線を前進させよ。
 眉を顰めながら、レリューコフは命令書を机に置く。
 確かに国境付近の防衛・警備は第一軍の任務であるが、最後の一文が気になる。無理
に国境を前進させることなどせず、前回の侵攻による部隊の消耗を完全に回復させるの
が先なのではないか、とレリューコフは考える。
 三年前のリーザス侵攻は、結局のところ山脈の防衛線で阻まれた。急峻な山脈は大部
隊の侵攻を阻止し、そこに建造された砦は、護るに易く攻めるに難い、典型的な天然の
要害であった。レリューコフの指揮手腕がいかに優れていようと、兵力の絶対数は、明
らかな戦力差になる。詭計を用いて砦を落とすにしても、それほど優秀な参謀がいるわ
けではなかった。第二軍のアリストレス将軍なら、自力で計略を立て、実行する才もあ
ろうが、生憎とレリューコフは現場の軍人であり、軍の指揮は出来ても、計略には人並
み以上に才能があるとは言えなかった。
 しかし、命令があった以上、黙して動かぬわけにもいかない。それに、リーザスの蠢
動を放置しておくこともできない。
 レリューコフは、国境へ派遣する兵力の編成を行なうべく、各部隊指揮官、および参
謀に召集をかけた。
「……以上が、今回の命令である。各員、本作戦の遂行にあたり、意見があれば述べて
くれ」
 作戦会議の席上、レリューコフからの説明があり、今回の作戦に関する意見交換がま
ず行なわれる。クリームも、参謀の一人として、末席に顔を列ねていた。
「国境防衛はまず問題ないでしょう。リーザスとて、大軍を派遣できないのは条件とし
て同じでしょうから」
「しかし、連中、国境で何をしているのでしょうな」
「忍者からの報告は?」
「まだ詳細は来ておりませんが、なにかアンテナのようなものを建造しているとか。妙
な魔法兵器でも開発したのでしょうか」
「だとすれば、早急な対処が必要ですぞ」
「しかし、国境の戦いは毎度かなりの消耗を強いられる。今回の作戦が長期間に及ぶよ
うであれば、また兵力再編が先送りになります。中央に援軍の派遣を要請するのがまず
先ではないかと」
「それは再三行なっている。しかし、王都の返事は芳しくない。もう少し待て、もう少
し待て、そればかりだ。定期補充以外は、未だ来た試しがない」
「それでは、結局我々でなんとかせざるをえないということか」
「まったく、保身を考えるなら、前線へ兵力を送るのが筋というものであろうに」
 徐々に話が補給の滞りに向けられていくのは、中央からの無理な命令に対する反発か
らであろう。
 しかし、自分たちは軍人であり、命令に従うのは当然のこと。ならば、作戦会議の場
で不満を述べてばかりいるのは、非常に非建設的ではないか――クリームは考えながら
も、やっとここに席を確保したばかりの身分であるがゆえ、進んで意見することには慎
重にならざるをえない。上司に睨まれたら、新米の自分など、一言で首が飛ぶ。そうな
れば、今までの三年間の苦労は水泡と化す。
「――敵の出方がはっきりしない今、まだ意見はまとまらぬようだ」
 レリューコフ将軍が、不満が一応出尽くしたところで、口を開いた。
「近日中には敵の戦力、目的等判明すると思われる。後日の作戦会議には、諸君等の忌
憚ない意見を望む。以上、解散」
 意見交換というより、愚痴百出というところか。これでは、レリューコフ将軍もさぞ
お疲れだろう――クリームは同情を禁じ得ない。
「クリーム」
 会議室を出たところで、バインドが声をかけてきた。
「次の報告が入れば、それで作戦が決まる。しかし、報告が入るのは各部隊の指揮官以
上で、多分新米の君たちには、作戦が決定してから回るはずだ」
「……一応参謀である私でもですか?」
 バインドは皮肉に苦笑しながら、声を潜める。
「だから、俺のところにきた報告は、君に写しを先に渡す。多分、今までの参謀どもじ
ゃあロクな作戦は立てられん。それではまた消耗戦になる。無駄に兵士を死なせるだけ
だ。
 だから、君が作戦を立てろ」
「私がですか?」
 歩きながら、バインドは頷く。
「そうだ。この戦いで実績を上げておけば、後々何かとやりやすくなる。一度ではまぐ
れだと言われるかもしれないが、実績がないよりはいい。レリューコフ将軍には、俺か
ら新入りたちにも意見を出させるよう、上申しておく。多分時間は一日しかないが、そ
れだけあれば、なんとかなるとは思うが」
「……わかりました。やってみます」
 そこでクリームは、バインドを見上げて、
「――どうして、私にそんなことを?」
「君は軍で成功したいんだろ?」
「ええ――そうですが」
「俺もそれは同様だ。なら、俺と組んで、上を目指さないか」
「先輩と――ですか?」
「俺じゃ不服か? これでも多少はできるつもりだがな」
 笑うバインドに、クリームは首を振る。
「いいえ。願ってもないことです」
 クリームは、バインドにどういう目的があって自分と組もうと言ってきたのかはわか
らなかった。しかし、自分の知っているバインドは、少なくとも他の指揮官よりは信頼
できる存在ではあるし、自分にはない実戦指揮経験と戦闘能力がある。これを自分の作
戦能力で、どれだけ後押しできるか――クリームは、その実践研究に大きな魅力を感じ
ていた。
「なら決まりだ。まあ、そんなことはないとは思うが、他の参謀に負けるような作戦だ
けは立ててくれるなよ」
「先輩のご好意に報いるよう、努力はしますよ」
 クリームは、普段見せない優しげな笑みを、バインドに見せた。
 その笑みに、バインドは一瞬、心臓が跳ねるような思いを感じる。
 クリームが先に戻っていくと、バインドはそれを見送って、一人、照れるような笑み
を浮かべながら、訓練室へと向かった。


 三日後、バインドから報告書を前に、クリームは作戦の立案に頭を悩ませていた。
 リーザスの目的は、国境付近に魔法ビジョンの中継アンテナを建設すること。おそら
く、リーザスの豊かさを強調し、亡命者を増やし、国内の不安を煽るためであろう。短
期的には大きな効果は期待できないが、長期的には有効な作戦となりうる。
「……ならば、短期的には放置しておいても問題ない、とも考えられる、か……」
 クリームは、逆に発想を進める。「常に、逆転の、非常識な発想をすること」――バ
ルジは、そうクリームに教えてくれた。それが常識以外の突破口を見いだす切っ掛けと
もなり得るのだ。
「――放置して、別を攻める」
 クリームは、おそらく手薄になっているであろう、遥か南の山間をポイントする。
「アンテナ基地を忍者で先に陽動して……ここから攻め入る」
 ただし、表向きは大兵力、実はそう見せ掛けるための、二重の陽動。短期的にアンテ
ナ基地を放置するのなら、その護衛に戦力を割いている間に、南部から攻め入る――よ
うに見せかける。そして、中継基地が手薄になったところを、逆進して一気に潰す。
 一日で考えられる作戦としては、今の彼女にはそれが精一杯であった。後は、現場の
兵がどのように動くか、である。
 果たして、それが巧く行くだろうか。いや、それ以前に、この作戦が採用されるのか
どうか。バインドは自分に有利な環境を整えてくれはしているが、これ以上の作戦を他
の参謀や指揮官が立案していたら、どうなるか? バインドは、自分に見切りをつける
だろうか?
 知らず知らずに、クリームは「バインドがどう思うか」を基準に、考えを進め始めて
いた。バインドに呆れられるような作戦だけは立てられない。バインドに認められるよ
うな、そんな軍人になりたい。
 心の奥底で、クリームはそんな想いを膨らませながら、作戦の詳細を考え始めた。


 翌日の軍議。クリームは、再び参謀の一人として、末席についていた。
 ここで参謀長から、リーザスの目的、その対応についての意見要求を告げられる。
 しかし、クリームは先輩軍人らの意見に、胸を撫で下ろしていた。基本的に、彼らは
「基地をいかにして戦術的に叩くか」という考えに固執しており、そのための効率論に
誰もが終始していた。本来、多種の作戦案を考慮すべきである参謀たちも、直接攻撃に
よる撃破を唱えているだけで、最終的にはどれだけの兵力を出撃させるか、について具
申するだけであった。
「――どうかな、ここは新たに配属となった彼らにも、意見を聞いてみてはどうだ? 
彼らとて軍人としての訓練は受けているのだし、もしかしたら作戦上、重要な意見が出
ぬとも限らぬ」
 レリューコフが、やや辟易したような表情で参謀や指揮官たちの議論を止めて、こう
切り出した。
「君たちも、意見があれば出してみたまえ。そうだな、顔見せも兼ねて、一人ずつ」
 レリューコフに促され、末席の方に固まっている新人たちが、堅くなりながら、一人
ずつ意見を出していく。が、大半は前出の意見への賛同であり、辛うじて一人、直接攻
撃における修正意見を述べただけであった。
 そして、最後のクリームの番になった。
「それでは、私の意見を述べさせて戴きます」
 クリームの作戦案は、参謀たちに、驚愕と、半ば怒りを以て迎えられた。
 短期的に、中継基地は特に効果を及ぼすとは考えにくい。それは、国内の魔法ビジョ
ンの普及率から、また放送波の到達範囲から簡単に推測できる。ゆえにまず、基地は忍
者による陽動以外放置して、戦力を南へ配置し、進撃する。そちらにリーザスの注意と
戦力が向いたところで、一気に逆進して基地を破壊する。短期的には国内にリーザスの
放送が流れることになるが、それを視聴できるのは一般には富裕層であるゆえ、国内の
不安には直結しにくい。
「基地を放置しろだと?」
 参謀の一人が、呆れたように頭を振る。
「それを叩くのが我らの使命ではないか! それをあろうことか、全く関係のない南か
らの進撃を進言するなど、戦術論を知らなさ過ぎる」
「左様。素人の戯言だ」
 次々と、クリームの意見を否定したのは、やはり先輩参謀たちであった。実戦指揮官
たちはいくらか考えてはいる様子ではあったが、疑問の表情が多かった。
 ただ、バインドとレリューコフ、そしてレリューコフの副官だけは、じっとクリーム
の表情を窺っていた。
「ガノブレード少尉」
 レリューコフが、一通り参謀たちの罵詈讒謗が出揃ったところを見計らって、クリー
ムに訊ねる。
「貴官は、どのような観点からその案を出したのか?」
「戦力の温存、という観点からです」
 クリームは、間髪置かずに答えた。
「現在、我が軍は戦力の補充が優先事項であると考えます。そのような状態での任務で
ありますので、我が軍の被害を最小限に抑え得る作戦案として、本作戦を提案致しまし
た。少なくとも、直接攻撃による被害はかなりのものになると推定されます。本作戦で
の被害は、直接攻撃より確実に少なくなるものと考えております」
「わかった。ご苦労」
 クリームが着席すると、再び議論が噴出する。が、そのほとんどはクリームの作戦に
対する否定的な意見であった。そんな中でも、バインドはクリームの擁護派に回り、論
理的な矛盾を突いては相手を黙らせていた。
「将軍、作戦案は二つに絞られておりますが、どちらを採択なさいますか」
 副官が、意見が途切れたのを見計らって、最終決定を求める。
 レリューコフは眼を閉じ、数秒考えを巡らせる。
「ガノブレード少尉」
 目を開けたレリューコフが訊ねる。
「はい」
「大至急、詳細を記した作戦書を提出してくれ。今回は、私の元で、直接指揮を執って
もらうことになる」
「――はい!」
 クリームの身体に、込み上げる熱さ。心臓が、期待にうち震え、クリームの身体を、
「早く動け」と急かす。
 それは、軍に入っての、初めての成功であった。
「敵アンテナ基地の破壊には、ガノブレード少尉の作戦案を採択する。諸君等も、滞り
なく出撃準備を進めてくれ。以上だ」
 レリューコフの決定は、有無を言わせないものがあった。元より、レリューコフの決
定に逆らい得る実力者など、今のところ第一軍には、バインドを含めて誰もいない。実
力も元より、その軍歴だけでもバインドの十倍以上はあるのだから、単純に経験だけで
も、レリューコフにかなう者などいないのである。
 そのレリューコフに、クリームは初めて認められた。知己であるという部分を除いて
も、彼女の作戦案を、単純な突撃戦よりは効果的であると判断したからこそ、採用した
のである。参謀たちが平均的な戦闘型軍人であったことを差し引いても、クリームがよ
り優秀であったことの証にもなろう。
 ともかく、クリームはここから、軍での地位を固めていくことになる。


 二年後、クリーム二十歳。
 国境紛争の解決以来、彼女はリーザスとの紛争に、ことごとく効果的な勝利を上げて
きた。また、国内の盗賊の掃討に関しても、警備隊と協力して、前年比三倍という高い
掃討率を示してきた。
 もちろんその陰で、バインド、そしてレリューコフの支援があって、の結果である。
彼らの支援以上に、クリームの存在を疎んじる輩は多く、有形無形の妨害も決して少な
くはなかった。しかし、それを跳ね除けながら、クリームは全ての任務に於いて、確実
に前任者以上の功績を上げていったのである。
 それを買われたのか、それとも別の思惑が働いたのか、その年初、クリームは昇進の
辞令と共に、第二軍参謀本部副参謀の任を命じられ、アリストレス・カーム将軍の下、
西部防衛線の警備にあたる事になった。
「アリストレスは優秀な男だ。少々変なところもあるが、公平でもある。わしなどより
もよほど中央に近い男だから、味方に出来れば非常に心強かろう」
 レリューコフは、出立の前日、クリームと逢う機会をもって、様々な忠告や情報を聞
かせた。クリームは、それを真摯に受けとめ、丁重に礼を述べた。
「将軍のお力添えがあってこそ、私は今の自分になりえた、と思っております」
「実力がなければ、わしが口添えをしたところで、周囲の者や部下は認めてはくれはせ
ぬよ。わしは全員に均等に機会を与えた。結局のところ、それを掴んだのは君だけだっ
たがな」
「お恥ずかしい限りです。あの時、私の稚拙な作戦案を採択して戴かねば、こうして参
謀としての名を上げることもなかったでしょうから」
「しかし、これからは厳しくなるかも知れぬぞ」
 レリューコフは、真面目な眼になって言う。
「承知しております」
 番裏の砦の警備とは、つまり「魔物」を相手にすることに他ならない。砦に近付く魔
物は、最近ほとんどいないという。魔王の不在で、魔人同士の勢力争いが激化している
ため、それどころではないらしい。しかし、それでも時に、砦に攻撃を加える魔物がい
るという。人間でない相手に、クリームの読みがどこまで通じるかは疑問であったが、
それでも「力には力で対抗するのみ」という発想に偏りがちな軍人達には、よい刺激に
なるのではないか――レリューコフは、そう考える。
「せめて、君が砦にいる間に、いや、生きている間、魔人たちの抗争が終わらぬ事を祈
ろう」
「終ったら終ったでも構いませんよ。自分の力を試すことになります」
 クリームは、微笑んで応える。
 そして、軍人の顔に戻り、敬愛する上官に敬礼する。
「では、クリーム・ガノブレード、第二軍参謀本部へと出向致します」
「うむ。がんばって、生き延びるのだ。少なくとも儂よりはな」
「努力致します。では、失礼致します」
 クリームは、レリューコフの部屋を出ると、そのまま玄関へ向った。そこではうし車
が、荷物を載せて待機している。
 クリームの姿に、首都までの御者を仰せつかった新兵が、敬礼で迎えた。
 車の中で、離れていく第一軍本部を、彼女は眺めていた。
 ここでは色々あった。だが、レリューコフの下でなければ、自分は今頃参謀本部副官
などという地位に着けただろうか? 陰ながら支えてくれたバインドがいなかったら、
自分は兵の信頼を得られただろうか?
 自分一人の力ではない。だからこそ、その支援に応えるために、クリームは軍での地
位を確固たるものにしなくてはならなかった。また、女でもここまで出来るという希望
を、虐げられている全軍の、全国の女性に示すために。
 様々なものを背負いながら、クリームを乗せた車は、首都ラング・バウへの道を進ん
でいった。


序章 5 終章