−序章−


 ヘルマン帝国。
 北に広がる氷原の南、寒冷な土地に、その国家は存在する。
 鉱物資源こそ豊富であるが、そのため土地は痩せていて、また冷涼な気候のため、農
作物は人々がやっと食べていける程度しか育たない。
 そのため、ヘルマン帝国は軍事国家となった。侵略によって、土地の肥沃な国家から
食料を掠奪しなければ、自分たちが飢えるからである。
 もちろん、ヘルマンが軍事国家となった理由は他にもある。
 西に広がる「魔物の森」――それが、ヘルマンを軍事国家たらしめた、最たる理由で
ある。
 魔物の世界は今、彼らを統べるべき魔王が不在であり、次期正統魔王擁立派と、革命
派の二手に分かれて内戦中であるという。そのため、今でこそ人間の世界への進攻こそ
ないが、かつては統制のとれていない魔物が、幾度となく人々を襲撃し、殺し、奪い、
犯したものである。
 それに対抗するため、ヘルマン帝国は軍事力を強化した。豊富な鉱物資源は、兵士を
覆う強靭な鎧となり、魔物を切り裂く鋭利な刃となり、また魔物の進攻を防ぐ強靭な壁
となった。そして「番裏の砦」と呼ばれる、「北辺の崖」にまで連なる頑強な防壁が築
かれ、常駐軍が置かれるようになると、魔物の進攻はほぼ不可能となった。もちろんそ
れは、ただの掠奪が不可能になった、という意味であり、魔王や魔人によって統制のと
れた魔物の大軍が進攻してくれば、全軍をもってしても防ぎきれないかもしれない。
 しかし、その恐怖は思わぬ副作用をもたらしている。軍備を強化するため国民皆兵制
を導入し、常に訓練を欠かさないヘルマン軍は、単純な軍事力では人間の世界最強と言
われるまでに成長した。その物理的破壊力は、他国の軍のそれを確実に凌駕していた。
 急峻な山脈を隔てて東に広がるリーザス王国は、肥沃かつ広大な食料生産地を有し、
ヘルマン帝国の侵略第一目標となっている。リーザス王国を侵略すれば、国民は飢えに
悩まされることもなくなる。
 が、それに問題がないわけではない。
 両国の間を隔てるバラオ山脈は、測定されたことはないが、標高一万メートル以上と
も言われ、大軍が一度に通過できるようなルートはない。かといって、南に迂回すれば
広大なキナニ砂漠が広がり、案内人なくしては横断もままならない。しかも、それを踏
破したとして、その先にはリーザス王国の砦が建設されており、それを突破するのは容
易ではない。さらにリーザスには、ヘルマンでも有名な猛将や知将が控えており、彼ら
の軍をも打ち破らなければならない。
 この悪条件をクリアしないかぎり、ヘルマンがリーザスを侵略するのは不可能としか
言いようがなかった。


 ヘルマン帝国には、専業軍人養成のための軍事学校が存在する。
 食料の不足に悩むヘルマン帝国ではあるが、軍だけは優先的に食料が回されている。
そのため、いや、それ以外にも、ヘルマンで伸し上がるには、貴族の家に生まれるので
もなければ、軍に入るしかなかった。それも、魔導士や神官ではなく、周囲の尊敬を集
められるためには、屈強な戦士でなくてはならなかった。
 そんな軍であるから、女性が軍で出世するのは並大抵の苦労ではない。基本的に軍は
男性優位であり、「女が戦いに口を出したところで邪魔になるだけ」と思われている。
現に軍の大勢は男性で占められており、女性の指揮官級軍人は、例外的に男を凌ぐ強靭
な肉体を持っている第三軍軍団長のミネバ・マーガレットのみ。魔導士や神官には女性
の姿も比較的多いのだが、軍における立場は決して高くはない。
 が、そんな中で伸し上がろうと足掻く女性がいないわけではない。彼女らの多くは貧
困家庭に育ち、軍で伸し上がるか、身体を売らなければ生きていけないのである。
 それならば、と自分の才覚に賭けて、軍での栄達を望む女性も少なくはなかった。
 しかし、苛酷な訓練、男性と区別されない屈辱的な生活に、大半の女性は途中で挫折
していく。特に、男から受ける性的な嫌がらせは、彼女らの決心を容易に打ち砕いてし
まうのであった。
 が。
 砂漠に程近い計画都市スードリ13の軍事学校では、一人の女性士官候補生が、その
才能を開花させようとしていた。
 クリーム・ガノブレード――かつて、ヘルマン軍の知将として知られた、バルジ・ガ
ノブレードの孫である。













− ク リ ー ム 色 の 戦 場 −


Authered by

楯河 真手郎











1.軍事学校時代・敵と味方と

2.軍事学校時代・復讐

3.第一軍時代・台頭

4.第二軍時代・再会

5.第二軍時代・別れ

6.そして、現在