クリーム色の戦場

序章 終章

   6.そして、現在

 半年の任期が終了した。
 魔人襲来のよるもの、とその事件は報告された。
 その結果、撃退はしたものの、司令官バインド・アルンヘイム、第二部隊長サスティ
ナ・バルバロッサ両名が戦死。兵士四千のうち、八三七名が死亡、一八一三名が負傷し
ていた。
 砦の修復には、三カ月を要すると見積もられた。〈白色破壊光線〉を数発受けていた
うえ、魔物の侵入を許したからである。
 攻撃の直接の指揮を執っていたのが、かつてスードリ13軍事学校で学んだ生徒であ
ったという噂が流れたが、それはあくまで噂として処理された。
 マーニャ・レトリコフは、その一件の功績により、第二軍参謀本部副参謀長として迎
えられたが、その直後、軍を辞めている。「父が迎えに来てくれましたから」、と彼女
は理由を答えたという。
 あの事件の後、マーニャの父は、ローレングラードで彼女を待っていた。そして娘の
無事を、心から、涙しながら喜んだ。
 そこで初めて、マーニャが軍に入った理由を知る。
「すまなかった」
 ただ、それだけの謝罪であったが、マーニャは、父にそれ以上を求めようとはしなか
った。百万の言葉より、黙って自分を抱き締めてくれる父の腕が、彼女には何より嬉し
かったから。
 そして、クリーム・ガノブレードは――


「本日を持ちまして、第四軍副司令官を拝命しました、クリーム・ガノブレード中佐で
あります」
 彼女は、スードリ13へ戻っていた。
 ここに、新たに南部方面第四軍本部が移転されることとなり、その副司令官として、
クリームはやってきたのである。
「私が第四軍司令官、ネロ・チャペットだ」
 中央軍事学校を主席で卒業したというネロは、ここの軍事学校を同じく主席で卒業し
たと言うクリームを、見下すようにしていた。
「番裏の砦では大層な活躍だったそうだな」
「いえ、そのような……」
 ネロの口調は、どう聞いても褒めているようには聞こえなかった。
 嫌な奴の下に就かされたものだ、とそれだけでクリームは直感した。
 アリストレスは、約束通りクリームを参謀総長として迎えるつもりであった。しかし
中央からの司令で、彼女は副将軍に昇進、同時に第四軍へと転属となった。
 第四軍司令官となったネロは、軍事学校を卒業後、中央で親衛隊統括任務を経て、第
四軍司令官となった。これを二年我慢すれば、再び中央へと返り咲くことが出来、その
時には軍中枢部へ栄転となることが決まっている。
 クリームが彼の副官として付けられた理由は、実戦経験のないネロをサポートする意
味からである。
 しかし、初対面早々、クリームは苦難に直面する。
「ガノブレード中佐。最初にこれだけは言っておく」
 ネロは、見下すような視線を変えずに、こう言った。
「少々手柄を立てたからと言って、いい気になるな。軍は、過去の実績ではなく、実戦
が全てだ。今まではたまたま上手くいったかもしれん。だが、それがいつまでも続くと
は思わないことだ」
「肝に命じておきます」
 一礼して答えるクリームに、ネロは鼻を鳴らして、
「くれぐれも、私の邪魔だけはしないようにな。以上だ」
 司令官室を出たクリームは、大きなため息と共に、頭を振る。「実力がないとは言わ
ないが、自信過剰で、女性に対して偏見を持っている」とのアリストレスのネロに対す
る評は、不必要なほどに正確であった。
 しかし、クリームは思う。今までが、上司に恵まれていただけなのだ。これが、軍の
本当の姿なのだ。むしろ、ここまで伸し上がることが出来た事自体が僥倖なのだろう。
 ならば、これからが自分にとっての本当の戦いになる。
 もう、誰の援助も得られない。バインドも、もうこの世にはいない。マーニャも、振
り向いてくれた父に迎えられて、軍を去っていった。
 でも、自分はまだ進み続けなければならない。
 まだ拭い切れない、エレゲンの名を完全に払拭するために。
 女であることを後悔しないために。
 そして、自分の進んできた道が、間違いでないことを確かめるために。
 部屋に戻り、クリームは荷物から便箋と筆記用具一式を取り出して、手紙を書き始め
た。しばらくは、こうして手紙を書く機会もなくなるだろうから。
 一通は、しばらく逢ってない母へ。
 そしてもう一通は、永遠の親友・マーニャへ。


 親愛なるマーニャへ

 お元気ですか。
 私は、元気でやっています――







−クリーム色の戦場−

−完−







序章 終章 あとがき